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コラム・事例

家族信託と当事者の負担する債務

石井 満 代表社員
司法書士(京都第1278号)・簡易訴訟代理等関係業務認定(第112066号)・民事信託士・行政書士

今回は、家族信託と債務の関係についてまとめてみました。

事例として、高齢による認知症等の万一に備えて、父に代わり、家族信託により、収益アパートを長男に所有名義を移して、長男が管理している場合とします。

<信託前から存在した債務>

①「長男」が信託「前」から負っている債務

長男が信託前から負っている債務については、長男の固有の財産のみが責任を負担する債務となります。この債権者は、長男の債務の返済が滞った場合でも、長男が父から信託された信託財産を差し押さえることはできません。また、長男が破産したとしても破産手続で換価されるべき財産に信託財産は入りません(信託の倒産隔離機能)。

②「父」が信託「前」から負っている債務

父が信託前から負っている債務については、信託後は、父の固有の財産のみが責任を負担する債務となります。この債権者は、父の債務の返済が滞った場合でも、長男へ信託した財産は、差押えることはできません。

もはや信託により長男名義になってるからです。債権者は、信託財産自体を差押えることはできませんが、父の持っている受益権(父が長男に対してアパートの収益金の給付を請求する等の権利)を差押えることができます。債権者は、受益権を差押えることにより、受益権の権利からの回収を図るものと思われます。

また、信託の際に、信託契約にて、父が信託前から負っていた債務を信託財産で負担させる旨の取り決めを行った場合は、もし、その債務の支払いが滞った場合、その債務の債権者は、信託財産を差押えることができることになります。

ところで、父が信託前に既に信用状態が悪化していた場合、父の債権者からの差押え等を逃れることを目的に信託した場合は、債権者より信託自体を取り消す旨の訴えを受けることになります。この場合、詐害的な信託について長男が知らなかったとしても、取り消される可能性があります。信託を導入する場合には、信託する側の信用状況について留意する必要があります。

<信託した後に発生した債務>

①長男が信託後に負った債務

(あ)長男が長男自身のために負った債務

長男が、長男自身のために負った債務については、長男の固有の財産(父から信託により取得した財産以外の財産)のみが責任を負担する債務となります。この債権者は、長男の債務の返済が滞った場合でも、信託財産を差し押さえることはできません。また、長男が破産したとしても破産手続で換価されるべき財産に信託財産は入りません(信託の倒産隔離機能)。

(い)長男が、信託財産のために負った債務

父から信託された信託財産の管理のために長男が負った債務については、信託財産及びそこから生じる収益金、管理する預金等信託財産が責任を負担する債務となります。

これら信託財産で責任を負担させるためには、受託者である長男により、

  • 長男自身のためでなく「信託財産のためにした借入等」であり、
  • 信託契約等で定められた「受託者である長男の権限に属する借入等」である場合となります。

すなわち、信託契約等において、受託者に借入の権限を与えられていて、信託財産の管理のために借入を行う場合、信託財産で責任を負担することになります(信託法第21条第1項第5号)。この場合、受託者は、ローン契約書に「委託者●●信託受託者○○」等と署名することにより、借入が「信託財産のためにすること」を契約の相手に明示することが大切となります。

②父が信託後に負った債務

父が信託後に負った債務については、父の固有の財産のみが責任を負担する債務となります。この債権者は、父の債務の返済が滞った場合でも、長男へ信託した財産は、直接には差押えることはできません。

債権者は、信託財産自体を差押えることはできませんが、父の持っている受益権(父が長男に対してアパートの収益金の給付を請求する等の権利)を差押えることができます。債権者は、受益権を差押えることにより、受益権の権利からの回収を図るものと思われます。