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コラム・事例

受託者の義務とは

石井 満 代表社員
司法書士(京都第1278号)・簡易訴訟代理等関係業務認定(第112066号)・民事信託士・行政書士

1.受託者には義務がある!

「信託」の特徴は次のような点にあります。まず、本人(委託者)の財産をいったん任せたい人(受託者)の名義に変え、その受託者が単独で財産を管理、処分できる権限を持つ。そうしながらも、任せられた側の受託者のために管理や処分するのではなくて、もともとの委託者が意図した信託の目的に従い、受益者のために管理処分を行うことを大きな特徴とします。

そのため、受託者は何をしてもよいということにはなりません。本当に「信託のための行為である」といえるには、その行為が、きちんと信託目的に沿った、適正な財産の管理処分等であることが必要となります。そこで、受託者に対しては信託法上での縛りがあり、以下に記載するような義務が課されているのです。

2.義務その1「信託事務遂行義務」

信託法29条1項に、次のような定めがあります。

「受託者は、信託の本旨に従い、信託事務を処理しなければならない。」

この「信託の本旨に従い」とは、どんなことを指すのでしょうか。これは、信託契約等に定められる信託目的や、その背後にある委託者の意図や背景事情までを含めた信託の内容に従うことを意味します。

繰り返しになりますが、受託者に対して、無制限に財産の管理処分をすることができる権限が付与されているのではありません。受託者自身が責任をもって、常に「受託者としての自分の行為が信託目的に適っているかどうか」を判断していく必要があるのです。受託者がこうした義務の果たし方を見失ったとすれば、もはやそれは信託の目的自体を見失うことにもなりかません。その信託の存在そのものを揺らがせることにもなり得ます。

3.義務その2「善管注意義務」

「善管注意義務」とは、「善良なる管理者としての注意義務」の略です。一般的には「その職業や地位にある人として通常要求される程度の注意義務」と解釈されています。

さきほどもありましたが、信託というものは、委託者の財産を受託者が管理する方法です。またそのために、委託者名義の財産を受託者名義に変えることを特徴とします。

名義まで変えてしまうのですから、当然のようにこれは委託者と受託者の強い信認関係を前提としています。受託者には、むしろ自分の財産を管理する場合よりも高度な注意義務として、善管注意義務が課されるのです。

では、善管注意義務=「その職業や地位にある人として通常要求される程度の注意義務」とは、どの程度のものなのでしょうか。特に、民事信託(家族信託)の場合、管理のプロではない家族や親族の身内が受託者を務めるケースが多いことから、悩ましいところでもあります。

家族の場合、専門家程度の義務とまでは言えなくても、他人の財産の管理者として一般的に求められる程度の注意義務は課されるものと思われます。なお、親族の財産管理のための別の制度として「成年後見制度」があります。このときも親族が成年後見人となって財産の管理をする場合が出てくるのですが、その成年後見人に求められる程度の注意義務が、ひとの参考になるでしょう。

4.義務その3「忠実義務」

受託者は、常に受益者の利益のために行動しなければらないという原則があります。受託者は、あくまで受益者のために、委託者の財産の名義と管理処分権限を取得するのです。そうである以上、自己のためでなく受益者のために管理処分の判断を行う必要があるのは当然のこと。信託法は、その具体的な表れとして、第31条に「利益相反行為の禁止」、第32条に「競業行為の禁止」を定めています。

利益相反行為の禁止

はじめの「利益相反行為」とは次のようなものです。まず、受託者が自分で持っている固有財産を信託財産に帰属させて一緒にしてしまったり、逆に、信託財産のなかにあったものを受託者自身の固有財産にしてしまったり(自己取引)するような行為が該当します。または、受託者が委託者でも受益者でもない第三者の代理人となって、信託財産をめぐる取引を行う等の行為を指し、信託法は原則的にこれを禁止しています。

禁止に反して行った取引は、原則無効になってしまいます。ただし例外として、信託契約にあらかじめ特定の利益相反に該当する行為が想定されていて、それを許容するような取り決めがある場合は、その範囲に限っては認められます。なお、この場合に受託者は利益相反行為をした後、受益者に対して利益相反行為をしたことを通知する義務がありますが、これも信託契約で省略できる旨の定めを置くことができます。

民事信託(家族信託)においては、受益者と受託者が家族関係であることが多くなります。こうした家族間の財産管理の特徴となるのですが、受託者の管理行為として、信託目的の範囲内において、一見すると外形的には利益相反に該当するのでは・・・?といったような行為が求められることもあり得ます。

例えば、受託者である息子が、受益者である母親の信託土地上に、息子が代表取締役を務める株式会社名義の建物を建築して、信託された土地に担保権の設定を行うような場合です。もちろん適正な地代を発生させる等、あくまでも受益者のためになる内容であることは大前提として必要ですが、よく出てくるケースに該当するでしょう。

こういった行為が最初から予想されるのであれば、信託契約の検討の際に、その信託で想定される受託者の管理処分方法を、あらかじめ内容へ反映させておく必要があります。

競業行為の禁止

つぎに「競業行為」のほうをみていきましょう。禁止されている競業行為とは、例えば以下のような行為です。

受託者が、信託された不動産と、それとはまったく別の自己所有の不動産と、それぞれに賃貸を行っていたとしましょう。信託によって不動産を他人へ賃貸することを託されているにもかかわらず、いざ借りたい人が出てきても、先に自分の物件から埋めていく。もっぱら自分の固有の不動産のみ優先して賃貸し、そのことにより受託者自ら利益を受けることは、原則的に禁止されています。

受託者としての行為と、自らの行為が同内容の場合には、自らの行為を優先することは禁止されているのです。ただし、これもあらかじめ信託契約に許容する旨の規定を置くことができます。

5.義務その4「公平義務」

ひとつの信託に受益者が複数存在する場合、受託者はそれぞれの受益者を公平に扱わなければなりません。ただし、この公平義務とは、受益者全てに対して、形式的に平等、同等に対応しなければならないという意味ではないと解されています。

受益者が公平に扱われているかどうかの判断は、その信託の目的に関係してきます。受託者は、信託目的に従って、その信託内容に応じて、それぞれの受益者がそれぞれの恩恵を受けるように信託事務を処理することになります。つまり、受益者ごとの恩恵の質や量は、信託目的によって決まってくるのです。

受益者連続型信託

例えば「受益者連続型信託」のケースを想定してみましょう。最初の受益者と、その受益者が亡くなった後の第二受益者が予定される信託です。この場合、最初の受益者と第二受益者の利益は相反する可能性が高くなります。

どういうことかというと、信託の目的が、信託財産の「今」の活用を重視するのか、「次世代」にきちんと残すことを重視するのかによって、最初の受益者と第二受益者の利益の内容に影響してくるのです。この場合、受託者に求められる公平義務の内容も、「今」重視か「次世代」重視かというのは信託目的により決まります。

受益権の複層化(収益受益権と元本受益権を分離)の信託

また、「受益権の複層化」(収益受益権と元本受益権を分離)の信託の場合も、収益と元本のどちらを重視するのかという問題が出てきます。こういった場合には、受託者が信託事務処理上の判断をする際に、どのような処理基準を採用するのかが非常に悩ましい問題となる可能性があります。信託契約で、その信託の目的に応じた受託者の処理基準を定めておきたいところです。

6.義務その5「分別管理義務」

「分別管理義務」とは、信託財産として託された財産と、受託者が持っている固有財産、または他の信託財産とを、分別して管理しなければならない義務のことを指します。

信託法では、分別管理について一定程度柔軟化しています。例えば信託金銭については、分別管理についての緩和規定を設けています。また第18条には、信託財産か固有財産か識別困難になった場合には共有とみなすとの規定があります。これも分別管理義務の緩和が前提となっています。

しかしながら、商事信託の場合、つまり金融庁の厳格な監督下にある信託銀行や信託会社が受託者になるときと異なり、民事信託(家族信託)の場合は家族・親族が受託者となります。そのため、その信託の実質性、客観性を判断するためにも、分別管理の徹底は、非常に重要であると考えます。

信託を原因として名義だけ移転したが、分別管理がなされていない場合、それは実質的には信託ではなく、贈与になってしまわないか。または、単なる名目だけの名義信託でないか。たとえ無意識であっても、信託がカタチだけになっていて、その存在が疑わしいものになっていないか注意したいところです。

最高裁判例として、信託の存在の有無はそのカタチではなく、実質的内容で判断される旨の判例があります。後日になり、信託の存在自体が争われないようにするためにも、分別管理は非常に重要な受託者の義務であるといえます。

7.まとめ

民事信託(家族信託)については、法律や信託の専門家ではない親族が受託者となることを想定していることが多くなります。ですから、そういった受託者自身が上記のような義務を明確に意識できるようにしなければなりません。受託者や利害関係人が、信託の目的や受託者の管理方法を具体的にイメージできるような契約内容にすることが求められます。

受託者が信託事務処理上の判断を行う際に悩むことのないような、また、将来においても受益者(又はその利害関係人等)との紛争にならないような契約内容にすることを心がけたいものです。