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【認知症になる前に】家族に資産を託す方法を分かりやすく徹底解説

石井 満 代表社員
司法書士(京都第1278号)・簡易訴訟代理等関係業務認定(第112066号)・民事信託士・行政書士

認知症になると資産はどうなるのか?

日本は超高齢社会に突入しており、若い頃と同じようには身体が動かなくなったり、物事を考えたり決定したりするのが億劫になったり、人によって多少の差はあれど、高齢になってくると誰もが身体的・精神的な機能低下が起こることは避けられない問題です。

認知症を患い、判断力が著しく低下してしまう場合も多く見受けられます。認知症の発症によって起こる生活上の問題点は数々ありますが、今回は資産管理に関する問題点をお話ししたいと思います。

認知症を発症Aさんとお子様の例

例えばここに、認知症を発症したAさんという高齢者がいたとします。Aさんの資産はひとり暮らししている自宅と、いくつかの銀行に預けてあるお金(普通預金・定期預金)という、ごく一般的なものです。

そしてAさんにはBさんというお子様がいらっしゃるとします。Bさんは、認知症のAさんが1人で自宅で生活を続けるのが心配になってきた為、Aさんに高齢者施設へ入居してもらうことにしました。施設入居にも当然お金がかかる為Bさんは、Aさんの住む自宅を売却して費用を捻出しようと考えました。しかし、ここで問題が発生します。

なんと、不動産所有者が認知症等で判断能力が不十分な場合、通常の方法では売却ができないのです。例えば戸籍を提出してBさんがAさんの子どもだと証明したとしても、Bさんが勝手にAさんの実印と印鑑証明書を持ち出すことができたとしても、そして認知症のAさんに何とか自宅を売却する旨の委任状を書いてもらったとしても、それでも不動産を売却することはできません。

では、AさんからBさんに自宅を贈与してもらい、Bさんが不動産所有者となって売却することはできるのでは?と考える方もいらっしゃるかもしれません。しかし、Aさんが既に認知症を発症した今ではこういった方法を取ることもできません。

とにかく施設入居費用に困ったBさんは、Aさんが銀行に預けている定期預金を解約することを思いつき、銀行へ行きました。しかしここでも、『A様ご本人でなければ解約できません』と言われてしまいます。戸籍や印鑑証明書、委任状を提出しても同じことです。

なぜ認知症のAさんの自宅売却・贈与や預金解約ができないのでしょうか?それは、Aさんの資産を保護する為です。家族であっても、勝手に資産の売却や解約はできないのです。

それなら、「後見人」をつければ良い?

窮地に立たされたBさんですが、この時点でBさんが選択できる解決方法が1つあります。それは、「成年後見制度」を利用することです。成年後見制度とは、家庭裁判所によって選ばれた『成年後見人』と呼ばれる人が、,認知症等で判断能力が不十分な人に代わって契約などの法律行為をしたり、本人がした不利益な法律行為を取り消したりできる制度です。

「法律行為」とは、例えば何か契約をしたり、自宅を売却したりする行為です。認知症の高齢者が、訪問販売等で必要の無い商品を大量に買ってしまったりすることがありますが、成年後見人はこういった本人がした不利な契約を取り消すことができます。

また、身寄りのない認知症の高齢者が施設入居する場合等、成年後見人が本人に代わって入居契約をしたり、預金等の管理を行い、本人が安心して生活できるよう努めます。

では、成年後見制度を利用すれば全て解決するじゃないか!と思われるかもしれませんが、今回のAさん・Bさんの例においてはいくつか問題があります。まず、成年後見人は自宅売却の時だけ限定して利用することはできません。一度後見人が選任されると、本人が亡くなるまで制度の利用は続きます(本人の判断能力が回復した場合を除く)。

また、成年後見人の役目は『本人の財産を守ること』ですので、何でも許されるわけではありません。例えば自宅を売却すると、もう本人は自宅には戻れませんのでこれは重大な行為です。こういった場合、自宅を売却するには家庭裁判所の許可が必要となります。

また、本人の財産を他の家族の為に処分したりすることは当然できません。そして、こういったことを守れているかどうかを家庭裁判所が定期的に1円単位の収支まで確認しますので、成年後見人は本人の財産を厳格に管理する必要があります。

以前は家族が成年後見人に選ばれることが多かったのですが、家族ではやはり厳格な管理が難しく、最近では専門家が後見人に選ばれることが増えています(むしろ希望しても家族が選任されないケースが増えています)。

そして専門家が後見人についた場合、後見人報酬が発生します(家族後見人でも報酬を請求すれば付与されます)。報酬額は地域や財産額等により家庭裁判所が決定するのでバラつきがありますが、概ね年間30万円~70万円程です。この報酬が、本人が亡くなるまでの間ずっと本人の財産から支払われ続けます。

成年後見制度は、財産管理や身上監護を必要としている人にとっては無くてはならない大切な制度です。しかし、今回のAさん・Bさんの場合はどうでしょうか。『自宅の売却さえできれば』後見制度を利用する必要は無かったかもしれません。

元気なうちに対策しておける、「家族信託」って?

ちょっとタイムマシンに乗って、まだAさんが認知症を発症せずお元気に生活していた頃に戻りましょう。

今ならAさんは、予め『家族信託』という制度を利用するという選択ができます。具体的に見ていきましょう。Aさんは元気ですが、だんだん高齢になってきたので、万が一に備えて、自身が所有する自宅を信頼できるBさんに託すことにします。自宅がBさんの所有であれば、仮にAさんが万が一認知症等になっても関係なく、Bさんが単独で自宅を売却できると考えたからです。

ここでまず思いつく方法は「贈与」かもしれません。しかし自宅をBさんに贈与すると、Aさんが想定していたのとは違うタイミングでBさんは自宅を売却してしまい、Aさんは住むところが無くなるかもしれません。自宅を売ったお金をBさん自身の為に使ってしまい、肝心な時にAさんの為にはお金が残っていないかもしれません。そして、贈与税の問題もあります。

もしもAさんが『家族信託』を利用するとどうなるでしょうか。Aさんは自宅等の自分の財産を、信用できるBさんに託す内容の信託契約を結びました。信託財産から生まれる利益を得ることができる人(受益者)をAさんと定めます。

すると、Bさんは、契約で定めた目的に従ってAさんの為に財産を管理・処分する権限を持つことになり、財産の管理・処分により得た利益はAさんの為に使うことが求められることになります。

分かりにくいのでもっと簡単に言うと、施設入居が必要になったAさんの為に、Bさんは単独で自宅を売却することができ、売却で得たお金はAさんの施設入居費や生活費としてAさんの為に使う、ということができるのです。

自宅を売却するのにAさんの協力不要で、成年後見人を申し立てる必要もありません。かと言ってBさんの好き勝手に売却や財産消費ができるのではなく、あくまで信託契約で定めた目的の範囲内での財産管理・処分に限られる点がAさんにとっては安心と言えるでしょう。

家族信託契約をした時点で財産の所有権はBさんに移すことになりますが、Bさんに移るのは名義と管理権限のみであり、そこから生まれる利益はAさんのものというのが、贈与と異なる点です。Aさんは信託契約を結ぶにあたり、誰に財産を託すかや、財産の管理・活用、処分権限等を自由に自分の意思で決めることができます。

認知症にならずとも!家族信託のメリット

これまで、Aさんが認知症等を発症した場合のリスクに視点を置いてきましたが、Aさんが生涯お元気でも家族信託はメリットがあります。いかにお元気な方でも、高齢になってからの不動産やお金の管理は大変だったり、煩わしく思うことがあるでしょう。

自宅を売却することになったら、売買契約から不動産登記手続きまで、たくさんの書類の細かい文字を読み、何枚も署名捺印をし、説明を受け・・・ということがどうしても必要になります。いくらお元気でも、そういった手続きは大変です。しかし、家族信託を利用していれば、Bさんに全て任せることができるのです。

まとめ

元気なうちに対策しておける『家族信託』についてお話ししてきましたが、いかがでしたでしょうか。簡単な例を挙げてお話ししてきましたが、信託というのは実はとても複雑で、奥が深い制度です。

専門家の間でも、理解度に差がある分野と言っても過言ではありません。家族信託にご興味を持たれたら、必ず、「家族信託に強い専門家」にご相談ください。