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成年後見制度と家族信託の違いとは?安心できる財産承継を実現する。~前編~

石井 満 代表社員
司法書士(京都第1278号)・簡易訴訟代理等関係業務認定(第112066号)・民事信託士・行政書士

65歳以上の4人に1人が認知症?!死亡リスクよりも長生きリスクに備える時代です。

2010年、日本は、全人口数に対する65歳以上の人口割合が21%を超える『超高齢社会』へと突入しました。高齢人口の急速な増加は留まる事を知らず、2036年には65歳以上の割合が33.3%、2065年には38.4%、実に国民の約2.6人に1人が65歳以上の高齢者となることが推測されています。

超高齢社会において日本が抱える課題はいくつもありますが、その1つに高齢化に伴う『認知症患者数の増加』の問題が挙げられます。

統計によると、平均寿命と健康寿命(心身の健康状態に何らの障害なく過ごせる期間)との差は平均して約10年もの期間があると言われています。この約10年の期間、ご本人の判断能力が不十分となり、自身の財産を管理できなくなった場合、財産の管理・運用を誰がどのように行っていくのか?という問題につき、近年クローズアップされています。

「認知症になったら成年後見人を選任しなければならない」、「成年後見制度は時代遅れ、今どきは家族信託の方がいい」等、様々な情報が溢れています。今回のコラムでは、認知症の問題と密接な関連のある『成年後見制度』と『家族信託』のそれぞれの違いを探りながら、2つの制度を概観していきます。

成年後見と家族信託の違い① ~それぞれどのような制度ですか?~

成年後見制度は、認知症等により判断能力が不十分となった方の代わりに、裁判所が選任した(任意後見の場合は、あらかじめ契約で定めた)成年後見人が財産の管理及び本人の為の身上保護を行う制度です。成年後見制度は、大きく2種類に分かれます。

1つ目が既に本人の判断能力が不十分な場合、親族等の申立てにより、家庭裁判所が選任した成年後見人が本人の財産全てを裁判所の監督の下、管理していくことになります。これを法定後見と呼びます。

2つ目は、本人が元気なときに、あらかじめ判断能力が低下した場合に備えて、後見人となってほしい信頼できる人を契約書で定めておくこともできます。これを任意後見契約と呼びます。

次に、家族信託とは、所有権を、意思決定を行う『名義・権限』と財産的価値である『利益』の2つに分離して考えます。そして、『利益』は本人の下に留めて、『名義・権限』を信頼できる人(受託者)に移転する制度です。利益を有する本人のために受託者の権限による財産の管理や活用が実現できます。

お元気なうちに、『名義・権限』を受託者に移しているので、その後本人が万が一認知症等lにより財産管理を行うことができない状態となっても、受託者の判断で本人のために財産管理を行うことができる制度です。成年後見制度と異なり、裁判所の手続きは不要です。本人(委託者)と受託者との間の契約で家族信託をすることが可能です。

成年後見と家族信託の違い② ~誰が本人の財産管理を行いますか?~

法定後見の場合、既に本人の判断能力が不十分な状態である為、裁判所によって選任された後見人が本人に代わって財産管理を行います。任意後見契約の場合はどうでしょうか?この場合、契約時点では万が一の時の為に、任せたい後見人となる人を定めますので、この時点で本人は元気な状態です。

従って、契約締結後から判断能力が不十分となってしまうその日まで、本人の判断で引き続き財産管理を行うことになります。本人にご相続が発生するまで、判断能力に何らの問題も生じなければ、任意後見契約は効力が生じないこともあるという訳です。万が一に備える保険のような性質があるといえるでしょう。

家族信託の場合は、信託契約書に定めた範囲内で、受託者(多くの場合はその財産を引き継ぐ後継者)が、契約締結の時点から、本人に代わって財産の管理を行っていきます。

任意後見契約の保険のような性質とは異なり、本人が元気であっても、その時点から『名義・権限』の部分を切り離して、受託者に託していくことが家族信託のポイントとなります。受託者を信じて、今、託す、という覚悟が求められると言えるでしょう。

成年後見と家族信託の違い③ ~後見人・受託者が、本人の財産管理においてできること、できないこと~

成年後見人は、本人に代わって契約を行ったり、本人の財産管理において必要な法律上の行為を代理できます。いったん選任された後見人はご本人がお亡くなりになるまでの間、本人の財産の全てを裁判所の監督の下、管理していくことになります。但し、選任された後見人は無制限に本人を代理できる訳ではありません。

後見人の基本使命は『被後見人の財産が散逸しないように守ること』です。従って、自宅を売却する場合等には家庭裁判所の許可を要しますし、相続税対策による不動産の建て替えや借入れ等は基本的には後見人が行うことは難しいです。

なぜならそのような行為は、客観的にみて、本人の財産にリスクが生じる行為であるからです。相続税対策も本人の為でなく、相続人の為のものなので、後見人選任後に柔軟な税対策は行うことは難しいと考えるべきでしょう。

家族信託は、あらかじめ契約で定めた範囲内で、本人の為に財産の管理行うことができます。受託者に託す目的、財産の範囲、権限の内容は信託契約書で指定できるので、例えば、複数所有の不動産のうちの1つのみを信託したり、将来施設入居の際に必要な一時金に相当する額の金銭のみを信託しておくこともできます。

受託者は、それらの財産を、契約書に定めた用法に従って、本人の為に管理をしていくことになります。後見制度と異なり、必要に応じて、一部の財産だけを受託者に託しておくことができる点、契約書に定めておけば、その託した目的に応じて建て替えや借入等も行えるという点に特色があり、柔軟な対応が可能です。

まとめ

以上、前編では成年後見制度と家族信託の違いについて、①制度の概要、②誰が財産管理を行うのか、③後見人・受託者の権限の範囲、という視点で比較をしました。

引き続き、後編では、④必要な手続き、⑤費用、⑥ニーズについてのそれぞれの違いについて概観していきます。